「カウンターカルチャー」について熱く語ってみる。

Holy Man Jam, Boulder, CO Aug. 1970

Holy Man Jam, Boulder, CO Aug. 1970

私がアメリカ・カリフォルニア州の大学で留学した1年間、本当に色々な分野に手を出し、色々なことを学びました。

語学、経済学、経営学(マネジメント)、アメリカの歴史、イスラム文化、スポーツの授業、さらにはスタジオレコーディングの講義まで。

アメリカの総合大学は日本とは違い、かゆいところに手が届くシステムで、本当に取りたい授業を好きに取れる風潮があります。

今思い返しても、全てが本当に充実していて、面白いものばかりでした。

 

さて、その中でも私が一番力を入れて学んでいたのが、「カウンターカルチャー」についての授業です。

たしか原題は「Idea of American Culture」とかそんな感じだったと思います。

American Culture(アメリカの文化)とは、すなわちCounter Culture(対抗文化)のことです。

 

当ブログでは主に「旅行」や「留学」、あるいは「世界一周」に関する情報や旅行記を書くことが多いですが、今回はこの「カウンターカルチャー」について熱く語っていきたいと思います。

 

というのも、「カウンターカルチャー」を知らずしてアメリカは語れないし、

「カウンターカルチャー」を知らずして旅をするのは勿体無いと思うからです。

 

そして何よりも、この「カウンターカルチャー」の根本にある考え方こそが、現代の形骸化された偏屈な日本社会に必要なものだと私は考えています。

 

少し長くなりますが、興味のある方はどうぞお付き合いください。

 

 

 

 

カウンターカルチャーとは?

カウンターカルチャーは、日本語に訳すと「対抗文化」です。

広辞苑より引用させていただきますと

 

支配的な文化に対抗するもう一つの文化。1960年代のアメリカで、高度管理社会に抗して現れた。

 

と書いてあります。

なるほど実にシンプルでわかりやすいですが、もう少し詳しい説明文が欲しいですね。

 

では次は我らがwikipedia先生の説明文を読んでみましょう。

 

カウンターカルチャーとは、既存の、あるいは主流の体制的な文化に対抗する文化(対抗文化)という意味である。 1960年代後半~70年代前半にかけてよく使われた。 狭義にはヒッピー文化や、1969年のウッドストックに代表されるような当時のロック音楽を差すものである。

 

さすがウィキペディア。だいぶ詳しい説明です。

広義的には既存の主流文化に対抗する文化。で、このカウンターカルチャーは、1960~70年代にアメリカで生まれたんだよ、ってことですね。

 

一つ注目して欲しいのは、カウンターカルチャーは、ただ単に「既存・主流の文化に対抗するもの」ではないということ。

広辞苑の方では「支配的な」、wikipediaの方では「体制的な」という文字を敢えて強調させていますが、このカウンターカルチャーで一つのポイントとなるのが、「支配と自由」、「体制と反体制」です。

というのも、古今東西メインカルチャー(ハイカルチャー)というのは、えてして支配的で体制的になりやすい。

「それではダメだ!もっと自由で、開放的であるべきだ!」というのが、カウンターカルチャーの考え方です。

 

 

 

 

カウンターカルチャーとサブカルチャーの違い

上の文章を読んで「え?それってサブカルチャーじゃないの?」と思った方もいるでしょう。

でも違います。サブカルチャーとカウンターカルチャーは、時と場合によって同じものになりうるけれど、定義としては明確に違うのです。

 

まず、言葉の意味を考えてみましょう。

まず「カウンター」は、さきほども書いた通り、「対抗」です。

もっというと、「反対、逆、反撃、反抗」といった意味を持ちます。

 

次に「サブ」ですが、これは英語の接頭辞subのことです。日本語に訳すと「副」とか「下位の」とかそういう意味になります。

サブタイトルやサブリーダーといった言葉を想像すればわかりやすいと思います。

 

では以上のことを踏まえた上で、今度はカルチャーに置き換えてみましょう。

カウンターカルチャーとサブカルチャー。

うーん、やっぱりまだちょっとピンとこない人が多いと思います。

そこで、今度はわかりやすく図にしてみました。

サブカル カウカル

この図を見れば、なんとなーく言いたいことがわかると思います。

サブカルチャーとカウンターカルチャーの違いは、ベクトルです。方向性が違うのです。

矢印の大きさはほぼ同じですが、向きが違います。

 

カウンターカルチャーの考え方は、「メインカルチャー?そんなの間違ってる!ふざけんな!対抗してやる!!」って感じ。

サブカルチャーの考え方は「メインカルチャーもいいけど、その傍らにはこういう文化もあるんだよ。素敵でしょ!」って感じ。

 

かなり噛み砕いて説明しちゃいましたが、一つだけ忘れて欲しくないのは、どちらも「メインカルチャー(ハイカルチャー)」ありきである!ということ。

そもそもメインカルチャーがあるから、その横で併走するサブカルチャーや、真っ向から対立するカウンターカルチャーなんかが生まれていくわけです。

 

 

 

 

カウンターカルチャーの歴史

カウンターカルチャーの歴史とは、すなわち、アメリカの歴史そのものと言っていいと思います。

私がアメリカで取っていた授業では、アメリカの歴史の中で、常にカウンターカルチャーという言葉が出たからです。

 

そもそも今私たちが知っている「アメリカ合衆国」は、1776年7月4日に成立しました。

ですから、国の年齢としてはまだ240歳くらい。非常に歴史の浅い国です。

しかし、そこには植民地時代に独立(自由)を目指して闘ってきた経緯や、インディアン達による対抗、あるいは様々な人種による様々な人種に対する差別・迫害など、一言では語り尽くせない複雑な背景があります。

他のどの大国よりも歴史が浅いのに、驚くほど複雑で奥が深い。

自由・平等を求める思想やそのパイオニア精神、それに対する批判・攻撃、そして支配的な体制に対する対抗…。

これらがアメリカ合衆国の根底にあり、まさにそれこそがカウンターカルチャーの本質です。

 

そして、冒頭でも説明した通り、アメリカでその精神が最も顕著に表れたのが、1960年代のことです。

ここを詳しく説明しようとすると、やたら長くなってしまいますので、ここで再びウィキペディア先生の力を借りたいと思います。

 

1960年代が進むに連れて、多くの若者は1950年代や1960年代初期の社会的標準と保守主義に対して、またベトナム戦争や冷戦の拡大に対して変革を唱えるようになった。1960年代半ば、社会的変革の波が国内を襲い、より自由な社会が生まれた。公民権運動が進展するに連れ、フェミニズムや環境保護運動に加え性の革命も拡大した。平和、愛および自由を強調したヒッピー文化が主流に加わってきた。1967年、サンフランシスコで開催された「サマー・オブ・ラブ」では数千の若者が緩やかにかつ自由に新しい社会体験のために集結し、世界の大半にその文化を紹介することに貢献した。さらにLSDやマリファナなど幻覚剤を使用する者が増え、この動きの中心になった。当時の音楽はフォークロックに始まり、アシッドロックやサイケデリックロックに及んで世代の声を代表する重要な役割を果たした。カウンターカルチャー革命は1969年に開催されたウッドストック・フェスティバルで体現された。

 

なにやらよくわからない単語が並んでいるな・・・?と思った方は、どうぞ一つ一つの単語の意味について、調べてみてください。

残念ながら、ここではその全てを語り尽くすことができませんので、ここでは私の勝手な解釈を述べさせていただきます。

 

カウンターカルチャーで生まれた全ての人・物・芸術・音楽・イベント・考え方・行動は、その当時の圧倒的なパワーを持つハイカルチャーによって発生したものと言えるでしょう。

 ・ベトナム戦争や冷戦で、戦争を正当化し侵略を正義とするメインカルチャーの中で、ヒッピーと呼ばれる人達が平和を主張し、真っ向から対抗したこと。

 ・科学技術が発達し環境破壊が進んでいく中で、環境保護を主張したこと。

 ・保守的な考え方が横行する社会で、性の多様性や精神の開放を主張し自由を求めたこと。

これらは全て、カウンターカルチャーの考え方そのものです。

 

彼らはこういった思想を表現するために集結し、芸術・音楽を通じて、世界へと発信していきました。

その最たるイベントが、上にも書いてある「ウッドストック・フェスティバル」です。

愛と平和・自由と平等を謳うヒッピー達が大集結し、音楽を心から楽しみ、一つのイベントを作り上げました。

しかしながら、皮肉にもこれがカウンターカルチャーの終焉へのきっかけともなってしまうのです。

40万人以上の人が参加したにも関わらずイベントは無料(最初は有料だったが、徴収がめんどくさくなって無料になった)であったことや、スタッフや出演者、そして観客達の溢れ出るパワーを、全米・全世界の多くの人々が実際に目の当たりにしたのです。

これは金になるな。」という発想に至る資本家がいても、何ら不思議ではありませんよね。

つまり、これ以降のロック界は、いわゆる商業音楽へと転換していくことになります。

音楽の目的は「楽しむこと」や「表現・主張すること」ではなく、「金を稼ぐこと」といういかにも資本主義的な考え方へと大きな変貌を遂げていくことになります。

カウンターカルチャリストにとって最大の表現手段である「音楽」が、商業主義化してしまったあたりから、急激にカウンターカルチャーの動きは停滞していきます。

さらに、厳しい薬物の取り締まりベトナム戦争の集結などの影響もあり、やがてヒッピーは衰退し、1960年代に広まったカウンターカルチャーの流れも徐々に消えていきました。

 

 

 

 

カウンターカルチャーから紐解く日本と世界

アメリカにおけるカウンターカルチャーの歴史は、かなり端折りましたが、上記のとおりです。

では日本では、カウンターカルチャーは存在しているのでしょうか。または、存在していた時期があったのでしょうか。

答えは、その定義に基づくと「Yes」です。

アメリカのヒッピーほど明確で大規模なものではありませんが、たとえば60年代の安保闘争全共闘運動などがそれに当てはまります。

最近の大きな動きでいえば、集団的自衛権のときの反対運動もそれに当たるかもしれません。

上記の例では主に「政治」に対する動きを挙げていますが、政治に対する対抗=カウンターカルチャーというわけではありません。

何度も言いますが主流の文化・動きに対する対抗がカウンターカルチャーなので、たとえ規模が小さくても、それに該当すると言えます。

ただし日本の場合はそれを芸術で表現することが少ない傾向にあるので、「カルチャー」と捉えるかどうか微妙なラインではありますが・・・。

いずれにしても、私の考えでは、日本にもカウンターカルチャーは大小の差はあれど存在していると思います。

 

もちろん日本だけではありません。EUを離脱することが決定したイギリスや、他の欧州諸国、中東・アフリカ・アジア諸国にも、それぞれのカルチャーが存在し、間違いなくそれに対抗するカルチャーがあるはずです。

 

カウンターカルチャーやサブカルチャーは、文化の多様性を生み出します。

全員が同じものに興味を持ち、同じ方向性で物事を考えていくことなんて、絶対にありえませんから、どんな時代でも、様々なカルチャーが生まれていきます。

だからこそ対立が生まれ、やがて暴力や戦争にまで発展し、地球環境を破壊する行為にまで及んでしまうわけです。

さきほど、図でカウンターカルチャーやサブカルチャーについて矢印で解説しましたが、もちろん実際はそんなに単純なものではありません。

100の考え方があれば、100通りの矢印が生まれるのです。

ですからカウンターカルチャーを理解することは、その矢印の向きや大きさ、そして多様性を理解することそのものであり、それさえ知っていれば、この先どんな恐ろしいハイカルチャーが訪れたとしても、対抗するための大きな指標になるはずです。

だからこそ、世界の中でも特に集団意識が強く、周りの様子を伺い、右にならえ精神を強く持っている私たち日本人こそ、学んでおくべき内容だと私は考えています。

 

 

 

 

おわりに

私が思うに、カウンターカルチャーとはアメリカの青春です。

ある時期にパッと現れ、台風のように多くの人を巻き込んで勢力を拡大し、最後には徐々に衰退し、フッと消えてしまいました。わずか10年足らずの出来事です。

あまりに短く儚く、理想が高く、そして力強い文化だったと思います。

今、世界に、日本に、これほどのパワーを持った、あるいはその可能性を秘めているカルチャーはあるでしょうか。

天邪鬼でひねくれ者の私は、ハイカルチャーの圧倒的なパワーよりも、カウンターカルチャーのような儚く美しいパワーの方をこの目で見てみたいと、ひそかに思っております。

 

 

 

 

 

2017.10.26追記 現代のカウンターカルチャーについて

2017年10月25日深夜にTBSで放送された『クレイジージャーニー』において、現代におけるカウンターカルチャーの一つである「身体改造」「ボディサスペンション」について特集していました。

私個人としてはボディサスペンション自体に全く興味は無く、ただただ「カウンターカルチャー」という言葉に惹かれて番組を見てみたのですが…。

いやはや、これが思いの外面白い。(笑)

「なぜこんなことをするのか?」とか「何の意味があるのか?」と考えながら、痛々しい思いで最初は見ていましたが、同時に、「これぞまさしくカウンターカルチャー」であり、文化の多様性の源であるように思えました。

ノルウェー・オスロで開催されたボディサスペンションのイベントに参加した人々は皆、一様に活き活きとしており、そこに新たな文化や芸術を作り上げていっているような雰囲気を、画面越しにひしひしと感じてきたのです。

もう一度言いますが、私はボディサスペンションそれ自体に興味は無く、また、理解することも出来ません。

しかしながら現代人が生み出したカウンターカルチャー、そしてそのカウンターカルチャーが生み出している不思議なパワーに少なからず魅了されている自分がいたことも事実です。

たまたま今回のテレビ番組ではボディサスペンションやトレパネーション等が特集されていましたが、当然カウンターカルチャーはそれだけに留まらず、きっとまだまだ私たちの知りえない文化が世界中に点在していているはずです。

個人的にはこういう特集を組んだテレビ番組がもっと増えたら面白いのにな~と思いました。

 

 

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